【メキシコ合衆国】古代都市チチェン-イッツァ
旅行
2026/02/27
地球の鼓動が伝わってくるようなダイナミックな自然遺産、太古から現代まで、人の営みを物語る文化遺産。ユネスコの世界遺産のなかから、一度は見てみたい魅力あふれる世界遺産をご紹介します。

- 文/佐道眞左 写真/富井義夫

- メキシコ合衆国
メキシコ南東部、メキシコ湾とカリブ海の間に突き出たユカタン半島は、紀元前からマヤの人々が文明をつくりあげてきた地。高度な天文学の知識を有していたことを物語る遺跡が、密林のなかに眠っている。
マヤとトルテカ 交錯するふたつの文明


メキシコから中央アメリカにかけては、15世紀末にコロンブスがアメリカ大陸に到達し、スペインが植民地化を始めるよりもはるか昔から、マヤ、アステカ、テオティワカンなどのメソアメリカ文明が開花していた。エジプト文明など大河流域に発展した文明が多いなか、メソアメリカでは、川から離れた地に古代都市の数々が築かれた。そのひとつ「チチェン-イッツァ」(写真は遺跡内に見られるレリーフ)は、ふたつの時代に栄えた都市だ。
セノーテを中心に栄えた都市遺跡

チチェン-イッツァとは、マヤの言葉で「聖なる泉のほとりの水の魔術師」を意味する。ユカタン半島にはセノーテ(天然の井戸や泉)(写真)が数多く存在するが、チチェン-イッツァは半島最大のセノーテを中心に繁栄。450年ごろからマヤの一派・イッツァ族が都市を築き、7世紀には最盛期を迎えたものの、王族はこの地を去った。11世紀ごろから12世紀末ごろ、同じくメソアメリカ文明のひとつであるトルテカ文明の影響を受けた都市として復興したが、その後再び、歴史の表舞台から姿を消した。
古代都市チチェン-イッツァの建築物は、メソアメリカ建築の傑作であり、10世紀から15世紀にかけてユカタン半島のほかの都市に大きな影響を与えた点、マヤ・トルテカ文明のなかでも重要な考古学的遺跡である点などが評価され、世界文化遺産に登録されている。
高度な天文学の知識が生かされた古代都市


チチェン-イッツァの遺跡はトルテカ文明の影響が強い新チチェン-イッツァと、マヤ文明の建築様式が多く見られる旧チチェン-イッツァの2エリアに分けられる。新チチェン-イッツァで存在感を放つのが大神殿「エル・カスティージョ」(冒頭写真)。各91段ある4辺の階段と頂上の1段を足すと、太陽暦の1年の日数と合致するなど、神殿全体が農耕などに用いるマヤの暦の役割を果たしたと考えられている。新チチェン-イッツァにはほかに「戦士の神殿」(写真)やセノーテ、神聖な儀式としての球戯を行う「球戯場」などがある。旧チチェン-イッツァのみどころは、天文台の「カラコル」(写真)。ここから月、太陽、星を観測し、正確な暦を作ったという。
年に2回、大神殿に浮かびあがる蛇神

春分と秋分の日、エル・カスティージョでは、階段側面の蛇神(ククルカン)に羽が生えたように太陽が影を落とし(写真)、カラコルでは最上階の窓から太陽の光が差し込む。天体を観測し、暦を使いこなした高度な文明には驚かされるばかり。密林のなかの遺跡が、謎多き古代へのロマンをかきたてる。
(*世界遺産データ)
古代都市チチェン-イッツァ
Pre-Hispanic City of Chichen-Itza
●登録 1988年/文化遺産
●所在地 メキシコ合衆国ユカタン州
※本記事は、『J-B Style26年春号』(P56~58)を転載しています。









