【備中松山城】 雲海に浮かぶ、江戸時代からの現存天守(岡山県)
歴史
2024/11/08
城を見れば、日本がわかる――昔から、城はその土地の歴史の起点になり、城下町は文化を育んできました。数多ある全国の城のなかから、城郭ライターの萩原さちこさんが、この時期に訪れたいおすすめの名城と“ツウな”みどころを教えます。

- 取材・文/萩原さちこ(城郭ライター) 写真/岡 泰行(城郭カメラマン)

- 岡山県
晩秋から冬にしか出合えない、幻想的な城の姿がある。雲海に浮かぶ“天空の城”だ。全国にいくつかあるなかで、唯一“雲海に浮かぶ江戸時代から残る現存天守”を見られるのが、「備中松山城」だ(冒頭写真)。今回はその魅力をご紹介しよう。
ふたつの時代の姿が共存する、新旧ブレンドの城


備中松山城は、全国で唯一、江戸時代の天守を擁する「山城」だ。山城とは、山全体を城地にした城のこと。南北朝~戦国時代にかけては土づくりの山城が主流だったが、安土桃山時代に石垣づくりの城が誕生すると、小高い山や丘陵など、より低い場所を城地とした。そのため、山城にあえて天守を築くことはほとんどない。
山城なのに天守があるのは、備中松山城が中世の城から近世の城へとリフォームされた新旧ブレンドの城だからだ。備中松山城のある標高約480mの臥牛山(がぎゅうざん)は、大松山、天神の丸、小松山、前山の4つの峰から成る。鎌倉時代に大松山に築かれた砦が備中松山城の始まりで、戦国時代になると全山が一大要塞化され、「備中兵乱」*という戦いの舞台となって落城も経験した。その後、城主の交代を経て、関ヶ原の戦いの後、小松山だけが天守のある近世の城へと大改修された(写真)。
天守背後の堀切(写真)を越えると、そこにあるのは戦国時代の城。現在でも、大松山や天神の丸には戦国時代の備中松山城の姿が断片的に残る。
* 備中兵乱=備中国(現在の岡山県西部)地域で天正年間(1573~1592年)に起こった、戦国大名・三村元親と宇喜多氏・毛利氏による戦いのこと。
岩盤と石垣のダイナミックなコラボレーション

城内に入ると、最初に大手門付近の石垣に圧倒される。なんと、剥き出しの岩盤の上に差し込むようにして石垣が築かれているのだ(写真)。臥牛山の岩盤は強度の高い花崗岩のため、採石後はそのまま台座として利用できる。天然の岩盤と人工の石垣のダイナミックなコラボレーションは迫力満点で、思わず立ち止まって見とれてしまう。
備中松山城は、備中兵乱の後に支配した毛利氏と、1600(慶長5)年に備中国奉行として赴任した小堀正次・政一(遠州(えんしゅう))親子が近世城郭化を進め、1642(寛永19)年に城主となった水谷(みずのや)氏により本格的に大改修されたと考えられており、石垣をはじめ現存する天守や二重櫓は、水谷勝宗により1683(天和3)年ごろに築かれたとされている。
天守のほかに、二重櫓も江戸時代から残る


現存する天守は二重二階で、高さは約11m。それほど大きくはないが、均整が取れていて独特の美がある。1階には囲炉裏があり(写真)、籠城時に城主一家が籠る部屋「装束の間」もある。2階の正面には御社壇(ごしゃだん)が設けられ、三振の宝剣が御神体として祭られていた。江戸時代にはこの宝剣を警備する役職まであったという。
天守の北側には、二重櫓が現存する(写真)。出入口が南北に2ヵ所あり、南側は天守裏に、北側は後曲輪(うしろぐるわ)に通じていたようだ。二重櫓も岩盤の上に積まれた石垣との融合がたまらない。本丸東御門前の石垣や搦手(からめて)門跡の石垣も見応え十分だ。
備中松山城は明治時代に入ると廃城となり売却されたが、あまりに高所にあるため解体費用すら捻出できず、そのまま放置されたらしい。ぞんざいな扱いを受けたが、そのおかげで天守や二重櫓は木々に隠され、ひっそりと生き延びた。
雲海に浮かぶ幻想的な“天空の城”を見るために


備中松山城は、晩秋から冬にかけての朝に条件が揃うと、雲海に浮かぶ“天空の城”となる。この時期は、城の西側を流れる高梁(たかはし)川から朝霧が発生しやすく、城と城下町を包み込む。そのため、山上にある備中松山城の天守や石垣だけが、雲の上に姿を現すのだ(写真)。
雲海が発生する時期は、9月下旬~4月上旬の明け方から午前8時ごろまで。とくに、10月下旬~12月上旬には濃い朝霧の発生が期待できる。雲海が出る条件は、天候がよく、前日の日中と夜間の気温差が大きいこと。気象条件が揃わないと現れないが、見られるかどうかワクワクしながら待つのも楽しみのひとつだ。
神秘的な姿は、城が立つ臥牛山の向かいにある「備中松山城雲海展望台」から見ることができる(写真)。12~2月末までは山道に雪が積もることもあるため注意が必要だ。気象情報のチェックや防寒対策はもちろん、懐中電灯などのライトも忘れずに。万全の準備をして出かけたい。
(*データ)
「備中松山城」びっちゅうまつやまじょう
- 住所 岡山県高梁市内山下1
- 電話番号 0866-21-0461(高梁市観光協会)
- 営業時間 9:00AM~4:30PM(4~9月は ~5:30PM)※最終入場は各30分前
- 休み 12/29~1/3
- 料金 大人500円 ※現金のみ(クレジットカード不可)
- 公式サイト https://www.bitchumatsuyamacastle.jp/
「備中松山城雲海展望台」びっちゅうまつやまじょううんかいてんぼうだい
- 住所 岡山県高梁市奥万田町
- 電話番号 0866-21-0461(高梁市観光協会)
- 料金 入場自由
※掲載内容は、2024年10月時点の情報です。時期や天候、施設・店舗の諸事情により変更となる場合があります。 ※価格は消費税込。
(*著者プロフィール)

萩原さちこ(はぎわら さちこ)●城郭ライター、編集者。城旅デザインラボ代表、城組代表、日本城郭協会理事。執筆業を中心に、講演、メディア・イベント出演などを行う。著書に『お城へ行こう!』(岩波ジュニア新書)、『城の科学〜個性豊かな天守の「超」技術』(講談社ブルーバックス)、『地形と立地から読み解く「戦国の城」』(マイナビ出版)、『日本の城語辞典』(誠文堂新光社)、『日本100名城と続日本100名城めぐりの旅』(ワン・パブリッシング)など。https://46meg.com/
(*写真家プロフィール)

写真/岡 泰行(おか やすゆき)●城郭カメラマン。大阪市在住。1994年から城の撮影を開始。先人たちの知恵とおしゃれ心をテーマに、写真を通して日本の城の魅力を探る。大坂城豊臣石垣の発掘ならびに保存工程の撮影にも携わる。全日本写真連盟「全日本お城写真コンテスト」審査委員⾧。「お城めぐりFAN(https://www.shirofan.com/)」主宰。










