【弘前城】全国有数の桜の名所、知られざるストーリー
歴史
2026/03/06
城を見れば、日本がわかる――昔から、城はその土地の歴史の起点になり、城下町は文化を育んできました。数多ある全国の城のなかから、城郭ライター萩原さちこさんが、この時期に訪れたいおすすめの名城と“ツウな”みどころを教えます。

- 取材・文/萩原さちこ(城郭ライター) 写真/岡 泰行(城郭カメラマン)、PIXTA

- 青森県
※現在、弘前城天守は石垣修理工事のため、仮天守台で位置を変えて外観公開されています。
4月中旬~5月上旬の開花時期に合わせて、弘前公園で毎年開催されている「弘前さくらまつり」。国内外から約200万人もの人が訪れにぎわう様子は、ニュースでおなじみだ。全国有数の桜の名所になった背景には、どのような歴史や物語があるのだろうか ―― 今回はその秘密とともに、弘前城(冒頭写真)の魅力をお届けしよう。
公園内に常駐する樹木医「桜守」とは?

弘前公園内には、52種類約2600本におよぶ桜がある。それらが美しく保たれているのは、「桜守」と呼ばれる樹木医のおかげだ。公園内では1952(昭和27)年ごろから独自の管理方法が研究され、現在まで細やかな手入れが続けられている。一般的にソメイヨシノの寿命は60年ほどだが、公園内には樹齢100年を超える桜が400本以上あるという。桜をよく見ると、ひとつの花芽のなかにある蕾の数が一般的な桜より多く、ボリュームがある。
公園内の桜の多くは、明治に入り廃城令を受けて城としての役割を終えてから植栽されたもの。市民の寄付などによって増え続け、1918(大正7)年に初めて観桜会が開催された。なかには、昭和に入ってから植えられたものもある。桜の管理方法、のちの「弘前方式」*を研究する際にヒントとなったのは、現在、弘前市が日本一の生産量を誇るリンゴの栽培方法だという。
公園内に点在する桜のスポットは、西濠沿いの桜のトンネルのほか、ピンクのじゅうたんのように濠の水面を花びらが埋め尽くす「花いかだ」(写真)も幻想的だ。
*桜は切り口から病気が入りやすいため、剪定しないことが通説だったが、弘前大学やリンゴ農家に指導を受け、職員が研究を続けて、剪定し、肥料を与え、薬剤を散布して桜を管理する弘前方式を徐々に確立していった。
津軽統一を果たした津軽為信が築城に着手


弘前城は、1603(慶長8)年に津軽為信(つがるためのぶ)が築城を計画し、子の2代・信枚(のぶひら)が完成させた城だ。弘前藩の祖である為信は、陸奥で強大な勢力を誇った南部氏からの独立をめざし、19年がかりで津軽統一を果たした。時代の風向きを読むことにも長けていたようで、豊臣秀吉、徳川家康とうまく付き合うことで津軽氏を繁栄に導いている。子の信枚は家康の養女・満天姫(まてひめ)を正室に迎え、徳川家との繋がりを生かして津軽家繁栄の礎を築いた。
徳川家との親交の証なのか、弘前城の建物には徳川将軍家の城との共通項が見出せる。例えば、白漆喰(しろしっくい)壁の天守には、江戸城(東京都千代田区)の富士見櫓(やぐら)のような、銅板張りの妻飾り(写真)や青海波(せいがいは)の紋様(写真)が用いられている。
東北地方で唯一の“現存天守”


弘前公園には東北地方で唯一、江戸時代に建てられた天守が残っている。築城時の初代天守は五重で、現在の本丸未申櫓(ひつじさるやぐら)跡にあったが、1627(寛永4)年に落雷で焼失、1810(文化7)年に再建された。1615(元和元)年の武家諸法度公布後は城の新築・改築が規制されたため、現存する天守は、本丸辰巳櫓の改築という名目で幕府に申請し、許可を得て建てられた三重櫓が天守代用とされた。
現存天守の特徴は、東・南面と西・北面の装飾が違うことだ。城外側の東・南面は破風や出窓などの装飾がつく(写真)が、城内側の西・北面はそれらがなく、採光用と思われる銅板張りの窓がある(写真)。天守は四面に装飾がつくが、櫓は城外側にしかつかないのだ。
石垣修復工事のため本丸の中央付近に移動していた天守は、2026年7月から11年ぶりに元の天守台に戻される。耐震補強・保存改修工事が完了する2032年度ごろまで内部の見学はできないが、外観を眺めることはできるという。
豪雪地域らしい工夫が満載の骨太な城門


現存する5棟の城門、3棟の櫓も大きなみどころだ。城門はいずれも柱が太く、屋根の軒が直線的。豪壮で骨太な印象を受ける。一重目の軒が少し高めにつくられているのは、豪雪の重みに耐えるための工夫だろう。注目したいのは、門の両側が石垣ではなく土手のように土を盛った土塁であること。石垣よりも土塁が主流だった東北地方らしい特徴といえそうだ。5棟の城門はすべて枡形門で、北門(亀甲門)以外は上層の壁面に鉄砲狭間が見られる。現在は追手門(写真)が正面玄関だが、4代藩主・信政の代までは北門が正面だった。
二の丸内に現存する3棟の隅櫓は、すべて三重三階(写真)。防弾と防火に配慮した土蔵造で白漆喰塗り、屋根は銅板葺(当初はとち葺)で、窓の形や妻の構造などの装飾が3棟で少しずつ異なっている。
(*城DATA)
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弘前城(弘前公園)
ひろさきじょう(ひろさきこうえん)
●住所 青森県弘前市下白銀町1
●電話番号 0172-33-8739(弘前市公園緑地課)
●営業時間 入園自由
●休み 無休
●料金 無料(4/1~11/23の9:00AM~5:00PM<弘前さくらまつり期間は~9:00PM>の弘前城本丸・北の郭は大人320円) ※現金のみ
●公式サイト https://www.city.hirosaki.aomori.jp/gaiyou/shisetsu/park/
※掲載内容は、2026 年2 月時点の情報です。時期や天候、施設の諸事情により変更となる場合があります。
※価格は消費税込。
(*著者プロフィール)

萩原さちこ(はぎわらさちこ)●城郭ライター、編集者。城旅デザインラボ代表、城組代表、日本城郭協会理事。執筆業を中心に、講演、メディア・イベント出演などを行う。著書に『お城へ行こう!』(岩波ジュニア新書)、『城の科学〜個性豊かな天守の「超」技術』(講談社ブルーバックス)、『地形と立地から読み解く「戦国の城」』(マイナビ出版)、『日本の城語辞典』(誠文堂新光社)、『日本100名城と続日本100名城めぐりの旅』(ワン・パブリッシング)など。https://46meg.com/
(*写真家プロフィール)

岡 泰行(おか やすゆき)●城郭カメラマン。大阪市在住。1994年から城の撮影を開始。先人たちの知恵とおしゃれ心をテーマに、写真を通して日本の城の魅力を探る。大坂城豊臣石垣の発掘ならびに保存工程の撮影にも携わる。全日本写真連盟「全日本お城写真コンテスト」審査委員⾧。「お城めぐりFAN(https://www.shirofan.com/)」主宰。











