Web限定連載
城郭ライターが教える! いま行きたい「ニッポンの名城」
Vol.7

【松本城】 まるで絵画! 新緑に映える漆黒の国宝天守群

歴史

2025/05/23

城を見れば、日本がわかる――昔から、城はその土地の歴史の起点になり、城下町は文化を育んできました。数多ある全国の城のなかから、城郭ライター萩原さちこさんが、この時期に訪れたいおすすめの名城と“ツウな”みどころを教えます。

ライター
取材・文/萩原さちこ(城郭ライター) 写真/岡 泰行(城郭カメラマン)
エリア
長野県

風光明媚な北アルプスを借景に、凛とたたずむクラシカルな天守群。黒漆塗りの下見板と白漆喰壁のコントラストが青い空にパッと映え、絵画のような美しさだ。訪れる人の多くが魅了され、足を止めて見入ってしまう松本城天守。新緑の季節は心地よく散策でき、人気の観光スポットでもある。今回はその魅力をお届けしよう。

四季折々に彩られる、5つの国宝建築

ダミーイメージ

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松本城の天守群は平地に築かれているため、空や山などの自然を取り込んだような壮大さがある。山々に囲まれているものの、閉塞感があるどころか開放的だ。山々の稜線、すがすがしい空気、水堀の上を吹き抜ける風の音、勇ましいフォルム、漆黒の重厚感など、日本独特の美を五感で堪能できる。春は桜、夏は新緑、秋は紅葉、冬は深雪と四季折々の彩りが美しく、まさに日本の美を凝縮したような景観といえる。

この天守群の造形美が松本城の魅力である。二の丸から水堀越しに見たとき(冒頭写真)、中央が大天守(写真)で、左端が乾(いぬい)小天守(写真)。大天守と乾小天守は、渡櫓(わたりやぐら)という2階建ての建造物で繋がっている。右端の赤い廻縁(まわりえん)・高欄がついた建物が月見櫓で、隣が辰巳附(たつみつけ)櫓。これら5棟すべてが国宝の建造物だ。

戦国時代と江戸時代が共存する天守群

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驚くのは、連結している5棟が異なる2時期に建てられていることだ。大天守、乾小天守、渡櫓の3棟は、築城開始直後の1593(文禄2)年ごろに築造されたと考えられる。一方、月見櫓(写真)と辰巳附櫓は、1634(寛永11)年ごろに増築されている。1634(寛永11)年に3代将軍・徳川家光が上洛した際の帰路、善光寺参詣後に松本城に立ち寄る話が浮上し、もてなすために増設したのだ。月見櫓はその名のとおり、観月をするなど景観を楽しむために設けられた建物といわれている。

戦乱の世に築かれた戦闘仕様の大天守・乾小天守・渡櫓と、太平の世に築かれた月見櫓・辰巳附櫓は、工法や構造はもちろん意匠も大きく異なる。北西側から望む前者は武骨な印象だが、後者はたおやかで壮麗。角度により違う表情を見せてくれる。 内部に入れば、違いは一目瞭然。緊迫感が漂う狭く薄暗い大天守に対し、月見櫓は広々として明るく、優雅な雰囲気だ。月見櫓は舞良戸(まいらど)を外せば吹き抜けになり、さらに開放感が広がる(写真)。

全国で唯一! 伝統的な素材が生み出す漆黒の艶

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壁面の美しさも別格だ(写真)。その秘密は、漆にある。いまとなっては、本物の黒漆が塗られているのは全国でも松本城天守群だけである。深く光沢のある漆黒の艶めきは、化学塗料では表現できないもの。やはり、天然の樹脂塗料は輝きが違う。 漆の耐久性は驚異的で、酸やアルカリ、塩分、アルコールに強く、耐水性、断熱性、防腐性にすぐれる。7~11世紀ごろに築かれた古代城柵(じょうさく)などから出土する「漆紙文書(うるしがみもんじょ)(漆の入った容器の蓋紙に廃棄文書を使用したもの)」に書かれた文字が現在でも確認できるのは、染み込んだ漆の硬化作用によって紙が腐食を免れているためだ。

漆は紫外線に弱いため、松本城では夏が終わり乾燥の気象条件を満たす毎年9〜10月に塗り替えられている。下地として下見板に塗られているのは渋墨(しぶずみ)(松煙と墨を柿渋に混ぜて煉ったもの)。墨も日本古来の優秀素材で、防腐剤となって天守の壁面を保護してくれる。

秀吉政権下の緊迫感を示す工夫が随所に

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松本城を築城した石川数正は、豊臣秀吉のもとに走った徳川家康の元重臣だ。松本城は、秀吉が江戸へ封じ込めた家康を牽制するために、家臣たちに命じて主要な街道上につくらせた戦略的な城のひとつとされる。家康が反逆心を削がれるほど威圧感のあるビジュアルを誇り、絶対に落とせない堅牢な城をつくることが、数正の使命であり、秀吉に恭順の意を示す絶好のチャンスだったのかもしれない。数正は志半ばにして亡くなったが、子の康長が遺志を受け継ぎ、松本城づくりに心血を注いだ。

大天守の内部には、戦闘を意識した工夫が光る。地盤が緩いため石垣は低めだが、床下の石落としを増やして防衛力を上げ、四隅だけでなく中央にも設置する徹底ぶりを見せている(写真)。破風(はふ)の内側を「破風の間」(写真)という射撃や監視の空間に活用するなど抜かりなく、2階の大きな武者窓も印象的だ。天守2階の壁の厚みは約29cmで、弾丸も通さない。外観の美しさとともに、戦国時代らしい戦闘性の高さにも注目してほしい。

 

(*データ)

松本城 まつもとじょう

  • 住所 長野県松本市丸の内4-1
  • 電話番号 0263-32-2902
  • 営業時間 8:30AM~5:00PM(GWやお盆休み、年末年始は変動あり。詳細は公式サイトでご確認ください) ※最終入城は各30分前まで
  • 休み 12/29~31
  • 料金 大人1,300円(電子チケットは大人1,200円)
  • 公式サイト https://www.matsumoto-castle.jp/

 

 

※掲載内容は、2025 年5 月時点の情報です。時期や天候、施設・店舗の諸事情により 変更となる場合があります。※価格は消費税込。

   

 

    (*著者プロフィール)

萩原さちこ(はぎわら さちこ)●城郭ライター、編集者。城旅デザインラボ代表、城組代表、日本城郭協会理事。執筆業を中心に、講演、メディア・イベント出演などを行う。著書に『お城へ行こう!』(岩波ジュニア新書)、『城の科学〜個性豊かな天守の「超」技術』(講談社ブルーバックス)、『地形と立地から読み解く「戦国の城」』(マイナビ出版)、『日本の城語辞典』(誠文堂新光社)、『日本100名城と続日本100名城めぐりの旅』(ワン・パブリッシング)など。https://46meg.com/

 

    (*写真家プロフィール)

写真/岡 泰行(おか やすゆき)●城郭カメラマン。大阪市在住。1994年から城の撮影を開始。先人たちの知恵とおしゃれ心をテーマに、写真を通して日本の城の魅力を探る。大坂城豊臣石垣の発掘ならびに保存工程の撮影にも携わる。全日本写真連盟「全日本お城写真コンテスト」審査委員⾧。「お城めぐりFANhttps://www.shirofan.com/)」主宰。

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