Web限定連載
城郭ライターが教える! いま行きたい「ニッポンの名城」
Vol.9

【小田原城】大戦の舞台! 北条氏の栄枯盛衰を象徴する城

歴史

2025/09/05

城を見れば、日本がわかる――昔から、城はその土地の歴史の起点になり、城下町は文化を育んできました。数多ある全国の城のなかから、城郭ライター萩原さちこさんが、この時期に訪れたいおすすめの名城と“ツウな”みどころを教えます。

ライター
取材・文/萩原さちこ(城郭ライター) 写真/岡 泰行(城郭カメラマン)
エリア
神奈川県

小田原城(冒頭写真)は、伊勢新九郎盛時(もりとき)(伊勢宗瑞(そうずい)/北条早雲(そううん))から5代・氏直まで約100年間続いた北条氏ゆかりの城だ。北条姓を名乗った2代・北条氏綱が本拠を移し、5代・北条氏直まで居城とした。氏直のころには関東一円を支配するほどの強大な勢力を誇った北条氏だったが、1590(天正18)年の豊臣秀吉による小田原攻めで降伏し滅亡。これにより、秀吉は実質的な天下統一を果たすことになる。今回は、歴史的大戦の舞台にもなった小田原城をご紹介しよう。

戦国時代と江戸時代のふたつの城が共存 

小田原城の魅力は、戦国時代と江戸時代、ふたつの異なる時代の城が共存していることだ。小田原城址公園を訪れると、堀や石垣、復元された城門(写真)や天守に圧倒されるが、現在の小田原城は北条時代の城ではなく、北条氏の滅亡後に生まれ変わった姿だ。 

北条氏が滅亡すると関東は徳川家康の領地となり、小田原城は家臣の大久保氏によって天守や石垣のある近世の城へと変貌した。1634(寛永11)~1675(延宝3)年には、稲葉正則により大改修され一新。その後、1703(元禄16)年の元禄大地震で天守や本丸御殿など建物がほぼ倒壊・焼失し、石垣や土塁も崩落したため再整備された(写真)。

天守最上階から周囲の絶景を堪能

1870(明治3)年に廃城となると、1872(明治5)年までに天守をはじめ、ほとんどの建物は解体された。石垣も関東大震災でほぼ全壊し、崩落を免れ崩れかけた石垣が本丸の一角に残るのみだ。近年の御用米曲輪(ごようまいくるわ)の発掘調査では、江戸時代に米蔵として使われた場所から、北条氏に関連すると考えられる戦国時代の見事な庭園と礎石建物跡が見つかっている。 

現在本丸に立つ小田原城天守閣は、江戸時代につくられた模型や図面をもとに、1960(昭和35)年に外観復元されたものだ。三重目には高欄付きの廻縁(まわりえん)(回廊)が巡らされている(写真)が、かつての天守には存在しない。最上階からは眼下に小田原市街地をはじめ、丹沢や箱根連山(写真)、相模湾、遠くには三浦半島や房総半島、伊豆大島などが見渡せる。

北条氏が秀吉の来襲に備えた「総構」

北条時代の小田原城の片鱗がうかがえるのは、城と城下町を囲んだ土塁と堀による長大な防衛線「総構(そうがまえ)」だ。秀吉の小田原攻めに備えてつくられたと考えられる。総延長は約9㎞、断片的ながらよく残っており、ほぼ1周歩くことができる。 

もっとも見学しやすいのが、小峯御鐘ノ台大堀切(こみねおかねのだいおおほりきり)(写真)。御鐘ノ台は小田原城の西側、本丸へと続く八幡山丘陵の尾根が三条に派生する扇の要にある、情報伝達の鐘が置かれていたとされる場所である。3本の堀切(東堀・中堀・西堀)があり、とりわけ東堀は圧巻。幅は約20~30m、堀底から天端までは約12mに及び、堀の斜面は約50度の急勾配。側面から攻撃できるように2回折り曲げてあったり、堀底には堀内障壁や土橋のような掘り残しがあったりするなど緻密な技巧性も光る。

秀吉の天下統一を決定づけた小田原攻め

1590(天正18)年の小田原攻めは、数々の攻城戦をこなしてきた秀吉の城攻めメソッドを投じた集大成といえる。先発隊および秀吉本陣は東海道を経由し、箱根を越えて小田原へ迫った。秀吉は石垣山城(小田原市)を築いて本陣とし、徳川家康、織田信雄(のぶかつ)、蒲生氏郷(がもううじさと)、宇喜多秀家らも小田原城の周囲に次々と布陣。相模湾には加藤嘉明(よしあき)、長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)、脇坂安治、九鬼嘉隆(くきよしたか)らの水軍が迫り完全包囲した。 

一方、前田利家率いる別働隊は東山道から進軍。上野(こうずけ)(群馬県)から北条領に入り、武蔵(東京・埼玉・神奈川の一部)へと侵攻した。降伏を決定づける大きな一手となったのが、前田利家や上杉景勝らの大軍による北条氏照(うじてる)の八王子城(東京都八王子市)攻めだ。八王子城陥落の報せが小田原城へ届くのとほぼ同時に石垣山城が完成し、小田原城は数日後に開城した(写真/石垣山城から望む相模湾と小田原城)。現地を訪れ、名だたる戦国武将が集結した歴史的大戦を想像してみてほしい。

 

(*物件紹介)

小田原城

おだわらじょう

  • 住所 神奈川県小田原市城内 
  • 電話番号 0465-22-3818 
  • 営業時間 9:00AM~4:30PM(最終入館) 
  • 休み 12月第2水曜、年末年始 
  • 料金 総構は散策自由。天守閣 大人510円(常盤木門との2館共通券 大人610円) 
  • 公式サイト https://odawaracastle.com/ 

 

※掲載内容は、2025 年8月時点の情報です。時期や天候、施設・店舗の諸事情により変更となる場合があります。※価格は消費税込。

        

        (*著者プロフィール)

    萩原さちこ(はぎわら さちこ)●城郭ライター、編集者。城旅デザインラボ代表、城組代表、日本城郭協会理事。執筆業を中心に、講演、メディア・イベント出演などを行う。著書に『お城へ行こう!』(岩波ジュニア新書)、『城の科学〜個性豊かな天守の「超」技術』(講談社ブルーバックス)、『地形と立地から読み解く「戦国の城」』(マイナビ出版)、『日本の城語辞典』(誠文堂新光社)、『日本100名城と続日本100名城めぐりの旅』(ワン・パブリッシング)など。https://46meg.com/

     

        (*写真家プロフィール)

    写真/岡 泰行(おか やすゆき)●城郭カメラマン。大阪市在住。1994年から城の撮影を開始。先人たちの知恵とおしゃれ心をテーマに、写真を通して日本の城の魅力を探る。大坂城豊臣石垣の発掘ならびに保存工程の撮影にも携わる。全日本写真連盟「全日本お城写真コンテスト」審査委員⾧。「お城めぐりFANhttps://www.shirofan.com/)」主宰。

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