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滋賀県・東近江の古刹と巡礼の路

旅行

2024/09/13

「湖東三山」とは、琵琶湖の東、近江盆地の山裾にたたずむ百済寺・西明寺・金剛輪寺の総称で、直線距離約7キロメートルの間に天台宗の3寺院が立ち並ぶ。それらはいずれも、秋になると燃えるような紅葉に包まれる。近くに、同じく紅葉で名高い禅寺・永源寺もあるので、合わせて巡拝したい。

ライター
取材・文/薄雲鈴代 写真/堀出恒夫
エリア
滋賀県

「百済寺」――紅葉が彩る参道を歩き 湖東平野の絶景を見る

湖東三山のひとつ「百済寺(ひゃくさいじ)」(写真)は、近江の古刹。606(推古14)年に、聖徳太子が建立したと伝えられ、奥深い山内は1400年前と変わらぬたたずまいを見せる。平安時代に天台寺院となり、一千坊の寺域に発展。戦国時代に織田信長の焼き討ちに遭い、堂宇を焼失する悲運に見舞われたが、その後再建され幾星霜を経た情趣がある。山上にある本堂を見て、作家の五木寛之氏は「石垣にそびえる空中楼閣」と感嘆した。

静謐(せいひつ)な堂内には、美仏とたたえられる「如意輪観音半跏思惟像(にょいりんかんのんはんかしいぞう)」や「聖観音坐像」が安置されている。

釈迦山一帯が紅葉に彩られ、石段の参道(冒頭写真)や僧坊跡の石垣が往時をしのばせる。その昔、宣教師ルイス・フロイスが「地上の天国」と称賛した面影がある。なおかつ池泉回遊式庭園が広がる本坊喜見院(きけんいん)の展望台からは、湖東平野が一望のもと(写真)。湖西の山々の眺めが美しく、「天下遠望の名園」と称されている。

「西明寺」――優美な国宝・三重塔と 「西明寺の秋色五色」

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湖東三山の最北にある「西明寺(さいみょうじ)」でもまた、広大な山内に約1000本のモジが赤々と色づく様子が見られる。
伊吹山を開いた三修(さんしゅう)上人が、834(承和元)年に仁明(にんみょう)天皇の勅願を受けて開創し、古来、山岳信仰の聖地であった。

表参道から本堂へと続く石段を上って行くと、朱、赤、黄と錦秋のモミジが杮葺(こけらぶ)きの二天門と重なって見えて優美だ(写真)。その手前、中門を入ったところには、天然記念物の不断桜が薄紅色の花を咲かせている。山内は苔の翠(みどり)がすがすがしく、これらを称して「西明寺の秋色五色」という。池泉回遊式の蓬莱庭に入ると、心字池を巡って薬師如来と日光・月光菩薩を表す立石が配されている。

上り一方通行の小路を進むと、檜皮葺(ひわだぶ)き屋根の大らかなたたずまいの本堂に出る。鎌倉初期に飛騨の匠が手がけた純和様建築で、釘(くぎ)を用いていないという国宝第一号の建造物だ。本堂内陣には、秘仏である本尊「薬師如来立像」の厨子(ずし)の両脇に、日光・月光二菩薩、その眷属(けんぞく)である十二神将が勢揃いして壮観である。

本堂の先に国宝の三重塔が見える。鎌倉時代後期の建立で、檜皮葺きの総檜造り。西明寺を訪れたときのことを、作家の白洲正子氏は随筆の『近江山河抄』で、「仏像や石造美術にも、立派なものが残っているが、中でも美しいのは、三重塔の中にある鎌倉時代の壁画で、天井から柱の隅々まで、極彩色の菩薩で埋まっている」と述べている(写真)。

本堂の表には“賓頭盧(びんずる)”ならぬ「なで猫」が安置されている。寺に住まう「空(くう)」と「玄(くろ)」という2匹の猫(写真)を模したもので、邪気を祓(はら)うという楠に彫られている。黒猫と寺との縁は深く、信長の焼き討ちに遭い寺が衰微したとき、2匹の黒猫が現れ、復興への道を拓いたという伝承がある。福を招くという黒猫に会いに、訪れる人が絶えない。しかし、自由気ままに広い境内を散歩する空と玄、なかなか出合うことは難しい。出合えればご利益にあずかれるかもしれない。

「金剛輪寺」――錦繍が彩る参道の先に 本堂と三重塔がお迎え

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「金剛輪寺(こんごうりんじ)」は「血染めのモミジ」という異名で知られる寺で、ヤマモミジやイロハカエデを中心に全山が鮮やかな深紅に色づき、人々を魅了する。

その起こりは奈良時代にさかのぼり、741(天平13)年に聖武(しょうむ)天皇の勅願により、行基(ぎょうき)が開山。本尊「聖観世音菩薩像」は「生身(なまみ)の観音」と呼ばれている。行基が一刀三礼(らい)して彫っていたところ、木肌から血が流れ落ちた。行基は即刻、彫刀を折り、粗削りのまま安置したという謂(いわ)れのある秘仏である。

平安時代の初めに、比叡山から慈覚(じかく)大師円仁(えんにん)が来山し、それからは天台密教の道場として隆盛した。深紅のモミジが映える国宝の「本堂大悲閣(だいひかく)」(写真)は、鎌倉時代に近江守護職・佐々木頼綱(よりつな)によって建立された。堂内には、本尊(秘仏)をはじめ、甲冑を着け忿怒(ふんぬ)の相をした古式の「大黒天半跏像」や「十一面観世音立像」「阿弥陀如来坐像」「不動明王立像」「四天王像」など、平安〜鎌倉期の仏像が多数安置されている。なかでも、観音菩薩の化身といわれる慈恵(じえ)大師の祖像は、1288(正応元)年に、仏師蓮妙が、父母の極楽往生を願い、66躰彫像したうちのひとつと伝わっている。

山上にある本堂までは、長い参道が続く。その両脇には「千躰地蔵」(写真)が居並び、訪れた人を導いてくれる。室町時代に建立されたという二天門をくぐると、本堂に並び“待龍塔(たいりゅうとう)”とも呼ばれる三重塔(写真)が静寂のなかにある。

広大な境内には、阿弥陀如来を祀る「西谷堂」をはじめ、護摩堂や茶室「水雲閣」など、江戸時代建立の堂宇が点在する。

ここはモミジのみならず、ヤマザクラからシャクナゲ、アジサイにスイレンと、四季を通じて花の彩りが絶えることがない。さらに美しいのが、本坊明壽院(みょうじゅいん)の庭園で、桃山、江戸時代初期、中期と、作庭時期の異なる三庭からなる、老杉蒼松の自然を景とした池泉回遊式庭園だ。国の名勝にも指定されており“近江路随一”ともいわれる名園古庭である。

「永源寺」――愛知川上流にたたずむ 禅宗古刹の紅葉名所

足を延ばして、愛知(えち)川上流にある禅寺「永源寺(えいげんじ)」(写真)へ。カエデの老樹が幽渓の冷気に晒され全山が朱赤に染まる。
ここは、南北朝時代、戦乱が激化の一途を辿った1361(康安元)年に、近江守護職の佐々木氏頼(うじより)が、寂室(じゃくしつ)禅師を招いて開いた臨済宗永源寺派の大本山である。

本堂には、霊験あらたかな「世継ぎ観音」が安置されている。寂室禅師が不思議な縁で発見した1寸8分(約5.4センチメートル)の小さな霊像が納められた観音像で、厄難を除き、子宝に恵まれるという功徳無量の秘仏である。紅葉の映える11月ごろには夜間のライトアップも行われ、秋期の文化財公開も貴重だ。

永源寺に程近く、愛知川沿いに「永源寺温泉 八風(はっぷう)の湯」(写真)がある。広々とした天然温泉の風呂で、日帰り入浴が楽しめる。また、囲炉裏端の炭火懐石の食事処もあり、紅葉狩りの途中に訪れたい。

隠れ宿から近江の味まで 立ち寄り処もいっぱい

永源寺から八風街道を進んで行くと、静寂の山あいに1日1客の宿、「日登美(ひとみ)山荘」がある。ダムの底に沈むことになっていた古民家を移築し、築約200年の古きよきたたずまいを守っている。清流で育った岩魚料理をメインに、自家製の味噌や野菜を使った郷土料理が囲炉裏端で味わえる(写真)。なお、昼時にはランチも提供している(2名からの完全予約制)。

滋賀県に来たからには、名物の近江牛も味わいたい。西明寺の門前にある「千成亭ぎゅ〜じあむ」(写真)がおすすめだ。近江牛専門店ならではのすき焼き、しゃぶしゃぶ、ステーキなどのメニューが揃い、御膳スタイルで気軽に楽しめる。エントランスには、近江牛の歴史が学べるミュージアムや、近江牛のおみやげコーナーも併設されている。

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古くから近江は良質の米と水に恵まれ、おのずから酒造りが盛んに行われた。1831(天保2)年創業の「蔵元 藤居(ふじい)本家」も、愛知川の伏流水を仕込水とし、能登杜氏によって美酒が醸されてきた。宮中で行われる新嘗(にいなめ)祭の御神酒を献上する酒蔵である。総ケヤキ造りの建物は壮観で胸がすく。大正時代に建てられた酒蔵を見学することができ、仕込水の試飲や、酒蔵内に併設されている食事処「かくれ蔵 藤居」での食事も楽しい。

紅葉狩りの休憩には、「CLUB HARIE(クラブ ハリエ)八日市の杜」がおすすめ。カカオの風味豊かな「デセールショコラバーム」(写真)が味わえるのはこの店だけ。樹々に囲まれた店舗は、まさに杜の風情で、モダンで広々とくつろげる(写真)。通常のカフェメニューとは別に、シェフズカウンターでは、パティシエが目の前で特別なデザートを提供してくれる。旬の味を大切に盛り込んだケーキやパフェで、深まる秋を堪能しよう。

 

※本記事は、『J-B Style2024年秋号』(P16~27)を転載しています。

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