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カリフォルニア ナパ・バレー ワイン造りの理想郷

旅行

2024/07/19

ワインの一大産地、カリフォルニアのナパ・バレーは、多彩なプレミアムワインの生産地として広く知られている。
世界中の愛飲家を魅了してやまない銘醸地を探る旅に出てみよう。

ライター
取材・文/芦原 千里 写真/小川佳世子、Bob McClenahan,courtesy of Visit Napa Valley、Kenzo Estate
エリア
カリフォルニア州(アメリカ)

天・地・人、すべてに 愛されたナパ・バレー

サンフランシスコから車で北へ約1時間。いくつもの丘陵地帯の先にナパ・バレー(冒頭写真)はある。
国産ワインの約8割を産出しているカリフォルニアは、アメリカ最大のワイン産地だ。同州には150もの「アメリカ政府承認ブドウ栽培地域(以下AVA*1)」があり、ナパ・バレーAVA(写真)はそのうちのひとつ。そして生産量は州全体の4パーセントと稀少性が高い。東のヴァカ山脈と西のマヤカマス山脈に挟まれた谷であり、東西は最長約8キロメートル、南北は約50キロメートルと比較的コンパクトだ。それにもかかわらず、この地の豊かな土壌と独自の地形、そして安定した微気候*2と熟練の造り手たちのおかげで、ナパ・バレーはこの国を代表する銘醸地として知られるようになった。

この理想的テロワールにいち早く着目したのが、開拓者のジョージ・カルヴァート・ヨントだ。1839年、彼は欧州ブドウをここに植え、ほかの開拓者たちもそれに続いた。やがて当地でワイン造りが盛んになってくると、今度はチャールズ・クリュッグが、初の商業用ワイナリーを造り、成功を収めた。害虫被害や1920年施行の禁酒法などの困難に直面しつつも、新天地のワインは先人たちの努力によって発展していった。

*1AVA:ブドウの原産地を保護・保証しているAmerican Viticultural Areasのこと。そのひとつであるナパ・バレーにはさらに16のサブAVAがある。

*2:微気候(マイクロクライメット):川や谷といった地形によって、狭い地域間で気候や土壌環境が変わること。

アメリカ産ワインと 「パリスの審判」

ナパ・バレーのワインは、1976年に大きな転機を迎えた。それが、同年フランスのパリで開催されたブラインド・テイスティング(産地などの情報を隠して行う飲み比べ)だ。当時のカリフォルニア・ワインは、まったく無名の存在だったが、そこで出品されたワイン(写真)が、フランスを抑えて赤・白それぞれの部門で1位となったのだ。のちに「パリスの審判」と呼ばれたこの出来事により、新世界アメリカ産ワインのポテンシャルは世界に知られることになる。

とりわけ、上質なワインを産出できるナパ・バレーでは“カリフォルニア・ワインの父”ロバート・モンダヴィをはじめとする著名な造り手の存在も後押しし、この地のワイン生産は一大事業へと成長(写真は町のイメージ)。今日では、大小700もの生産者が多彩な極上ワインを生み出している。

ナパ草創期から歴史を紡ぐ老舗ワイナリー

ワイントレイル*3のなかでも、とりわけ銘酒の生産地として名高いスタッグス・リープ地区。老舗ワイナリーの「クロ・デュ・ヴァル」(写真)はその一角にある。フランス語で“谷のブドウ畑”を意味するこのワイナリーの始まりは1972年のことだった。

最高のワイン造りを夢見ていた起業家ジョン・ゴレ氏と妻のヘンリエッタ氏は、若き醸造家ベルナール・ポルテ氏とともにこの土地を探し当てた。以来、伝統的なボルドー・スタイルのワインを醸造している。

無機質なコンクリートとガラスを用いたテイスティングルームは、モダンで美しい。そこで試したいテイスティングのメニューはふたつ。ひとつは3種のクラシック・ワインが味わえる「ア・テイスト・オブ・クロ・デュ・ヴァル」で、白・赤ともに、リリースされたばかりのフレッシュなワインを堪能できる(写真)。もうひとつは、10年ごとの熟成ワイン4種で構成される「レトロスペクティブ・ディケイド・テイスティング」 だ。同ワイナリーは、前述したパリのブラインド・テイスティングでカベルネ・ソーヴィニヨン1972年を出品した歴史がある。最初は優勝を逃したものの、同じワインを10年後に出品し見事に優勝。この地のワインの熟成能力の高さを証明した。グラスのなかで揺らぐ熟成ワインの色は、まるでルビーのように美しい。ふくよかな香りを楽しみ、ひと口含んだ瞬間、はっと目が覚めるような果実味が口内にあふれた。ここでは、ナパ・バレーの「いま」と「昔」を、ワインを通じて感じることができるのだ。

*3:ワイントレイル:ナパと北部の町カリストガを繋ぐ約48㎞のシルバラード・トレイル沿いには、ナパ・バレーを代表する多くのワイナリーが集まっており、ワイントレイルとして知られている。

イタリア移民6世代が守る ファミリー・ワイナリー

シルバラード・トレイルと並走する29号線に入り、セント・ヘレナ方面に向かう。到着したのは、家族連れにも人気の「V・サトゥイ・ワイナリー」。
始まりは1885年。イタリア移民の初代ヴィットリオ・サトゥイが、サンフランシスコ市内にオープンした小さなワイナリーだった。店は繁盛したが、禁酒法時代に閉店。しかし、先代たちの思いを継いだ、ひ孫のダリオ氏によって、1976年に再びその扉を、このナパ・バレーで開いたのだ。
以来、サトゥイ家が一丸となり切り盛りする同ワイナリーは、幅広い世代のゲストたちでにぎわっている。併設のデリやマーケットには自家製の惣菜やおみやげを求める人があふれ、すぐ外のピクニックエリアでは家族連れやカップルがサンドイッチを片手にワイングラスを傾けている。子どもたち用にはブドウジュースも用意されている。開放的で気負わないカジュアルな雰囲気がとにかく心地よい。

一方で、「ストーン・タワー」(写真)でのワンランク上のテイスティングも外せない。「リザーブ・タワー・テイスティング」では、お気に入りの一本をソムリエが探してくれる。自分の好みに思考を巡らせるのは実に楽しい。
カウンター越しに会話は弾み、だれもがワインを好きになる機会を得られる。ここではそんな温かな時間が過ぎていく(写真)。

和のエレガンスあふれる 芸術的ワイナリー

シルバラード・トレイルから細い山道に入り、ゆっくりと車で進んでいく。しばらくすると、丘陵に沿って端正なブドウ畑が見えてくる。「ケンゾー エステイト」の入口は、ナパ・バレー地区の標高480メートルの山間にある(写真)。世界的ゲームソフトメーカー「カプコン」の創業者である辻本憲三氏(写真)が、世界最高峰のワイン造りをめざしてこの地に3800エーカーの土地を購入したのは、1990年のこと。しかしその後の道のりは順風満帆ではなかった。2001年、辻本氏のチームに、カリスマ栽培家のデイヴィッド・アブリュー氏が参加。同氏はすでに育っていた14万本のブドウの木を一掃し、土壌の特性を見直したうえで畑を作り直す提案をした。決して簡単な決断ではなかったが、辻本氏はこれを聞き入れ、一から畑を作り直した。以降、より良質なブドウが結実するようになり、約20年もの時を経て今日の極上ワインへと繋がっていったのだ。

一切の無駄を省いたテイスティング・ルームは静謐で、どこか日本のわびさびを感じさせる。その気品と建築美に感動しつつ、いよいよテイスティングへ。美しく区画分けされた畑の地図を眺めながら、グラスに注がれたワインをじっくりと味わう(写真)。丹念に造られたワインは、アートのごとく美しく、その一本一本の味わいに感嘆の声が出る。舌に残る余韻を楽しみつつ、次のワインを飲み進めていく。いまや世界中で高評価を受ける珠玉のワインを堪能しながら過ごす上質な時間――。山間にたたずむワイナリーでは、そんなぜいたくなひとときが待っている。

※本記事は、『J-B Style24夏号』(P18~25)を転載しています。

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