カナダ・ケベックの味―――シュガーシャックで過ごす家族の時間
旅行
2024/08/23
『J-B Style2024年秋号』の特集では、カナダのケベックを紹介しています。ケベックといえば、パンケーキやお菓子でおなじみのメープルシロップ。
そんなメープルシロップを生産する、シュガーシャック(砂糖小屋)と呼ばれる場所を訪ねてみました。

- 取材・文/芦原千里 写真/小川佳世子

- ケベック州(カナダ)
独特の風味とやさしい甘さがクセになる琥珀色のメープルシロップ。今日、世界で流通するメープルシロップのおよそ7割がカナダ産であり、まさにカナダの大自然が育んだ特産品といえる。そしてケベック州はカナダ産のうちの約9割を生産している。それだけにメープルシロップは、ケベコワ(ケベック州の人々)にとって実に身近な食材だ。ヨーロッパの人々が上陸する遥か昔から、この地の先住民は原料となるシュガーメープル(サトウカエデ)のほのかに甘い樹液(メープル・ウォーター)を採取していた。これを長時間煮詰めてメープルシロップを作る方法は、のちに入植者に伝えられたとされている。そんな歴史あるメープルシロップを堪能しに、いざシュガーシャックへ。
ケベコワとメープルシロップとシュガーシャックと


シュガーシャックとは、シュガーメープルの樹液を煮詰めてシロップを作る砂糖小屋のこと。規模やスタイルはさまざまで、小規模のものから、広い敷地を生かしたちょっとしたテーマパークのようなところまである。
この日、ケベックシティ郊外にあるシュガーシャックを訪れたのは、本誌取材でコーディネーターを務めたヴァレリー・アルヴェさんと、彼女の長男レオ君、長女エミちゃん(写真)。
地元在住のヴァレリーさんは、「シュガーシャックに行くのは家族行事」と語る。そんな彼女らが向かった先は、ケベック開拓の先駆者サミュエル・ド・シャンプランの部下、オリヴィエ・タディフの11代目の子孫たち(写真)が家族で切り盛りしている、歴史あるシュガーシャックだ。


ケベック州では毎年、まだ雪深い2月末から3月初めにかけて、原料であるシュガーメープルの樹液の採取が始まる。かつては幹に穴を開けてバケツに採取していた(写真)が、1970年代以降は細長いチューブを張り巡らせ、そこから効率よく樹液を採取している(写真)。採取した樹液はチューブを経由して貯蔵タンクへ直接送り込まれ、そこからじっくりと煮詰められてゆく。とろみのついたメープルシロップを1ℓ作るためには、約40ℓもの樹液が必要だという。シロップの色や味わいはその年の気象条件により異なるが、新物が市場に出回る3~4月になると、ケベコワたちは家族連れで続々とシュガーシャックへ繰り出す。「今年のメープルシロップの出来はどんなだろう?」という感覚は、日本で新米や新そばを味わう楽しみに近いものかもしれない。
シュガーシャックで家族とのひとときを楽しむ


早春の樹液採取のころから新物が完成する4月末までの時期は、出来たてのメープルシロップ(写真)を求めて、どこのシュガーシャックも大勢の人々でにぎわう。シュガーシャックも、メープルシロップをよく知ってもらうために内部見学会を設けているところが多い。期間限定で営業するところが多いが、通年営業しているところは動画を通じてメープルシロップの製造工程を学ぶことができるようになっている。今回訪れたシュガーシャックでは、動画の後にケベック州の食文化や歴史、成り立ちへと解説が続き、レオ君とエミちゃんは興味津々(写真)。シュガーシャックを訪ねることは、ケベコワの子どもたちにとって、自分たちのルーツを知ることができる絶好の機会にもなっている。
決して消えない、甘くて楽しい思い出

見学を楽しんだ後は、お待ちかねの実食会。食事付きの見学会では、オムレツやソーセージをはじめ、メープルハムにえんどう豆のスープなど、カナダの伝統料理が振る舞われるところが多い。食卓にはもちろん、メープルシロップが並々と注がれたカップが置かれる。レオ君は「トーストにたっぷりとシロップをかけるのが一番のお気に入りなんだ」とうれしそう(写真)。肉や卵料理の塩味とメープルシロップの甘みが絶妙にマッチして、俄然食欲が湧いてくる。


食事を終えて屋外に出ると、小屋に人だかりができていた。ここでのお楽しみは、子どものみならず、大人も大好きなメープル・タフィーだ。敷き詰めた雪の上に垂らしたメープルシロップが、わずかに固まるのを待ってから、手持ちのヘラでからめとって味わうとっておきのスイーツ(写真)。
冷たいメープルシロップの塊が、口のなかでゆっくりと溶けていく。まるで子どものころに味わった水飴のような、どこか懐かしい味わいと食感……。エミちゃんは、そのおいしさに思わず2本目をほおばってご満悦だ(写真)。
自身も幼少期に家族と一緒にシュガーシャックを訪れていたというヴァレリーさんは、「きっと子どもたちにとっても、ここでの時間はメープルシロップのやさしい味わいとともに心に残るでしょう」とほほ笑んだ。シュガーシャックがくれた甘くて楽しい思い出は、こうして家族との記憶を次の世代へ繋いでいくのだろう。
●取材協力/ Érablière du Cap エラブリエレ・ドゥ・キャップ

