華のハムステッド、ロンドンらしいポッシュな歴史的ヴィレッジ
旅行
2024/02/21
『J-B Style2024年春号』のP38・39でご紹介した北ロンドンの瀟洒(しょうしゃ)な町ハムステッド。小さな通りが入り組むかわいらしいヴィレッジから、その北側に広がる億万長者が住むエリア、ヒースと呼ばれる森のようなエリアまで、北ロンドン在住、ハムステッドウォッチ歴20年以上の筆者が、その魅力についてより詳しくお届けします。

- 取材・文・写真/江國まゆ

- ロンドン(イギリス)
ハムステッドってどんな町?
「おおハムステッド、ハムステッドよ!」。いまも昔も文化人たちに心から愛され、その作品のインスピレーションの源となっている北ロンドンの名勝地といえば、緑あふれるハムステッドをおいてほかにない。
ハムステッドと聞いてすぐに思い浮かぶのは、「エキセントリック」という言葉だ。エキセントリック。「風変わりな(人)」というニュアンスをもつ言葉だが、「我が道を行く、人生の成功者」といった意味合いもある。ハムステッドはまさに、そういったエキセントリックたちがわんさと住んでいる場所なのだ。欧州きっての高級住宅地であり、文化的な創造の担い手たちが大勢暮らす芸術の町。ゆっくりと散策すれば、粋に着飾った自由人から、人生を謳歌(おうか)するためのヒントを教えてもらえるかもしれない。

そんな彼らに大きなインスピレーションを与える偉大な存在が、地下鉄ハムステッド駅の北側に広がる自然公園、ハムステッド・ヒース(写真)だ。地元の人たちは、親しみを込めて、ただ「ヒース」と呼ぶ。
季節を問わず本当に多くの人たちが、原生林が残るこの美しいエリアを日々訪れる。

ロンドン市内とは思えぬ広大なエリアで犬を自由に散歩させたり、家族でゆったりと散策したり、毎日ジョギングをしたりしながら、季節ごとに表情を変える自然に溶け込む。それだけで元気になるから。
ハムステッド・ヒースの周辺が居住地として絶大な人気を誇る理由は、ロンドン中心部まで電車でほんの20分という近さでありながら、まるでカントリーサイドにいるような豊かな暮らしを享受できることに尽きる。ヒースはハムステッドの心臓部であり、パワースポット的存在なのだ。白亜の館、ケンウッド・ハウスを訪れる

ヒースの北端に、真っ白に輝くカントリーハウス、ケンウッド・ハウス(写真)が見える。17世紀初頭に建てられ、のちに新古典主義スタイルに改築された館では、ギネス・ビールの創業者一族であるエドワード・ギネスが20世紀初頭に蒐集(しゅうしゅう)した絵画コレクションがあり、フランドルやオランダの絵画、イギリスの絵画など質の高いコレクションを無料で鑑賞できる。
注目はレンブラント晩年の自画像や、フェルメールの『ギターを弾く女』。アート愛好家でなくてもハッとする作品が揃っているうえ、大ホールのライブラリーなど建築要素も一見の価値がある。周辺の緑地も美しく、池のある風景式庭園のなかで夏ならピクニックを、冬ならキリリとした空気を感じながら散策するのが醍醐味。ケンウッド・ハウスはハムステッド駅から徒歩で30分程度の距離なので、ぜひ訪れてみてほしい場所だ。
ちなみにケンウッド・ハウスのすぐ北側に「ビショップス・アベニュー」と呼ばれる超高級エリアがあり、超のつく有名人も住んでいる。まるで博物館のように壮麗なお屋敷がズラリと並んでいるのだが、これが欧州で最も地価が高いといわれる「超高級住宅地ハムステッド」の代名詞となっているエリアである。
ハムステッド・ヴィレッジの楽しみ方
ハムステッドがなぜロンドン市内でも人気の住宅地なのかおわかりいただけたところで、駅周辺の楽しみ方も少しご紹介しよう。
ロンドンでは小さな趣のある集落のことを「ヴィレッジ」と呼ぶ。ハムステッドは小さな町で「村」ではないが、伝統的に地下鉄駅周辺は「ハムステッド・ヴィレッジ」と呼ばれている。そしてヒースに沿って南東に下ったエリアにも別のヴィレッジがあるので、ハムステッドにはふたつのヴィレッジがあるというわけだ。両者は歩いてすぐ行ける距離にある。
歴史好きな方は、ハムステッドがその昔、鉱泉が出る保養地として栄えていたことが感じられる史跡を訪ねてみてほしい。住宅街のなかにある「Well Walk(井戸の道)」という通りには、石造りの水汲み所跡が残されている(写真)。これは1698年、ゲインズバラ伯爵家が、貧しい人々が鉱泉の恩恵に預かることができるようにと土地を寄付したことにより,使用が可能になった。しかし薬効があると謳(うた)われた鉱泉も水質の問題ですぐに飲めなくなり、ハムステッドの鉱泉保養地としての観光要素は瞬く間に失われてしまったそうだ。

また、ハムステッドは、馬車での移動が主流だったころ、イングランド北部の地方都市へと抜ける中継地点でもあり、いまも「Inn(旅籠)」を兼ねた数百年の歴史を誇る趣あるパブが数多く点在している。昔なら詩人のバイロンやジョン・キーツ、作家のチャールズ・ディケンズたちが出入りしたヒース沿いのパブのほか、最近ならミュージシャンのリアム・ギャラガーやテイラー・スウィフトなどが出入りするパブなど、セレブに出くわすことも多い。
古いものに愛着を抱きやすいイギリスの人々だけに、時代の荒波をくぐり抜け、地元の支援を受けて生き残っている飲食店や施設もある。例えば20世紀半ばから営業しているカフェ、1970年代に創業したクレープ屋台(写真)、そして1930年代からある映画館などは、もはやハムステッド名物としてなくてはならない存在だ。ハムステッドで創業して人気を確立し、イギリス全土でチェーン展開しているブランドもいくつかある。
一方で、もちろん新しい店も続々と誕生している。近年注目されている中東デリを扱う店など、この町で開店する人気店も多い(写真)。
そのほか、ここには書ききれないほどのショップ、カフェ、ハイクラスのパブ、ミュージアムがひしめくハムステッド。ロンドンを訪れる際には、地下鉄ノーザン線に乗って北上し、ぜひハムステッドの魅力にふれてみてほしい。

