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「中之条ビエンナーレ」の裏側
旅行
2023/09/01
『J-B Style2023年秋号』で紹介している「中之条ビエンナーレ2023」がいよいよ開催。2007年の初開催以来、9回にわたり総合ディレクターを務める山重徹夫(やましげてつお)氏のインタビューをとおして、このアートイベントの魅力に迫ります。

- 取材・文/高田京子 写真/中田浩資

- 群馬県
「山の風景 2023」(冒頭写真〈一部分〉)は、群馬県吾妻(あがつま)郡に移住した作家・山形敦子(やまがたあつこ)氏が、榛名(はるな)山や浅間山、妙義山など、県内の山々の近くで“滞在制作”を行い、さらに今回は中之条町の伊参(いさま)山中で山が新緑にふくらんでいくのを感じながら制作した絵巻だ。
中之条ビエンナーレの特色のひとつは、参加する国内外のアーティストが地域に長期滞在し、住民と交流を深めながら作品を制作すること。「作家が自分のアトリエで制作した作品を持ってきて展示する、といったスタイルではなく、地域住民との出会いをとおして土地の文化にふれ、中之条ならではの風景や歴史を盛り込んだ作品を現地で制作し、発表してもらっています」と、山重氏は語る。「作家のなかには、ここでの滞在制作がきっかけとなって、中之条町に移住した方もいるんです」。実は、山重氏自身も仕事や芸術活動を通じて中之条町へ移住したひとりだ。アーティストと地域住民の交流が生む作品


町内には滞在制作のための“レジデンス”と呼ばれる施設(写真)が点在する。空き家となった古民家を改装した施設や廃校になった学校の教室など、形態はさまざまだ。山重氏(写真)によれば「海外から参加するアーティストにとって、農村・温泉・養蚕(ようさん)など、日本の山村文化に直接ふれることは貴重な体験ですし、伝統行事への参加や食文化を通じての交流など、ビエンナーレが終了した後も家族のような繋がりが続いている例もあります」とのこと。


地域住民も外国人作家との交流で異文化にふれる機会が少しずつ増えてきている。また、中之条ビエンナーレがきっかけで出会った作家同士が親交を深め、新たな作品を共同制作するケースもある。「Привързани към съня ゆめうつつをぬかす」(写真〈作品と制作中の様子〉)はその象徴で、中之条ビエンナーレで出会ったブルガリア出身のElitsa Ganeva(エリッサ・ガネヴァ)と、日本のDamaDamTal(ダマダムタル)のふたりが「夢」をテーマに制作したパフォーマンスだ。「お互いの文化や暮らしの営みが紡がれて、新しい作品として結実する。つまり中之条だからこそ生まれた作品となるわけです。そうした視点で鑑賞すると、アートの背景にもより一層興味が湧くのではないでしょうか」(山重氏)。
中之条の生活空間がそのまま“美術館”に


実は中之条町には美術館はなく、中之条ビエンナーレの会場は空き家や廃校になった学校の教室や校庭、公園や雑木林のなかなど、アート鑑賞とは直接関わりがない生活空間が多い。写真は、廃校の教室で展示される、Anita Gratzer(アニタ・ガラツツァ)氏の「Glöckler(グレックラー)」という作品だ。ガラツツァ氏の故郷オーストリア、ザルツカンマーグート地方に伝わる「グレックラー」という伝統行事をもとに、日本の古い書物やラベルの紙と木材を使い、人が着用できる折りたたみ式の彫刻を制作した。人が持ち運ぶことができるシェルター(写真)にもなり、衣服と建築を繋ぐ作品とのこと。日本の紙と木材、折り紙を思わせる形態が、古い校舎の風情とまるで共鳴しているかのようだ。
「作品展示のために作られたのではない場所で展示することは、作家にも新たな視点をもたらします。例えば、かつて住民が通った学校だからこそ、住民の協力を得ながら作品を制作できるというケースもあります。また町の人にとっても、よく知っている場所に展示された作品をとおして、自分たちが受け継いできた暮らしや文化をあらためて見直すきっかけになり、作品と鑑賞者の間に多様な変化が生まれる。キュレーターや美術関係者が作る展覧会とは違う魅力がここにあると思います」と山重氏は語ってくれた。「コスモグラフィア」の言葉が示す意味とは?

中之条ビエンナーレ2023のテーマは、「コスモグラフィア-見えない土地を辿る-」。『コスモグラフィア (Cosmographia)』とは、ドイツの地理学者ゼバスチアン・ミュンスターによって、16世紀に出版された世界各地の⺠族・風俗・習慣・歴史・宗教などを網羅した百科的な地誌のタイトルだ。当時の世界地図のほとんどは想像で描かれており、ミュンスターは自分の目で見ることができない世界を想像して、美しい版画として残した。「アーティストが見知らぬ土地に身をおいて制作するということは、自分の目で見たこと、感じたこと、想像したことを形にして伝える行為です。これは『見えない土地を辿る』行為ともいえます。地域の文化や風土に接して生み出された作品世界は、現代の地誌(Cosmographia)として新たな道標のひとつとなるのではないか。今回のテーマにはそうした想いがこめられています」(山重氏)。先に紹介した「Glöckler」(写真)も、作家が未知の土地で暮らし、文化にふれ、見出した作品のひとつだ。中之条ビエンナーレのそれぞれの作品が、町の歴史や文化とどう融合してできたのか。その誕生の背景を想像しながら鑑賞することで、イベントの愉しみ方は無限に広がっていく。
- 電話番号 0279-75-3320(中之条ビエンナーレ事務局〈イサマムラ内〉、平日9:00AM~5:00PM)
- 期間 2023年9月9日(土)~10月9日(月・祝)
- 時間 9:30AM~5:00PM(各会場同様)
- 料金 鑑賞パスポート大人1,500円(会期中は何度でも鑑賞可)
※鑑賞パスポートは「イサマムラ」「お蚕さんの里」などで販売(※現金のみ)。「中之条町ふるさと交流センターつむじ」(群馬県吾妻郡中之条町938/☎0279-26-3751)内の公式ショップではクレジットカード使用可。 - 公式サイト https://nakanojo-biennale.com/

