シドニー湾の豊かな生態系を守るために
歴史
2025/11/21
『J-B Style2025年冬号』水族館特集の海外編では、シドニーの水族館を紹介しています。シドニーは、「都会」というイメージとは裏腹に、中心部からほんの少し離れただけで豊かな自然が広がっています。そして「海」が身近な街です。今回の取材は、シドニーの海の生態系が驚くほど豊かであることを再認識させてくれました。その生態系を守るための興味深い取り組みの一部をご紹介します。

- 取材・文/平野美紀 写真/平野正洋、平野美紀

- オーストラリア(シドニー)
シドニー・オペラハウスの目の前に広がる天然の湾を「シドニー湾(Sydney Harbour)」と呼ぶ。シドニーのもうひとつのシンボルでもあるシドニー・ハーバー・ブリッジとのコントラストはいつ見ても美しく、長年この街で暮らしていてもワクワクするような感覚になる。シドニー湾の正式な名称は、「ポート・ジャクソン湾(Port Jackson)」というが、地元でも正式名称で呼ぶ人はほとんどいない。この名称がほとんど周知されていないばかりか、地元民でもこの湾にさまざまな生き物が生息していることをあまり意識しないで暮らしているといっても過言ではない。
絶滅危惧種「ホワイツ・シーホース」の保護に向けて


特集記事で紹介した、タツノオトシゴの一種で絶滅危惧種でもある「ホワイツ・シーホース」(写真)も、シドニー湾に生息している。しかし、毎日数多くのフェリーやボートが行き交い、大型客船が出入りすることもあり、湾内の水質をはじめとする環境は悪くなる一方で、個体数は激減しているという。
「シーライフ・シドニー水族館」(写真)では、州政府や大学と共同で、人工的に個体数を増やす繁殖プログラムをはじめ、ホワイツ・シーホースが棲むための場所作りなど、個体数の回復に向けたさまざまな取り組みを行っているそうだ。ただ、ホワイツ・シーホースは体長わずか15cm程度と小さく、実際に野生の個体を目にする機会はほぼないため、その存在を意識する人がほとんどいないことが個体数回復のネックとなっている。
シドニーの知られざる野生ペンギン


湾内に生息する生き物のなかでも、一番驚かれるのは「リトル・ペンギン」(写真)かもしれない。メルボルンから行けるフィリップ島やタスマニア島など、オーストラリア大陸南部沿岸で野生のペンギンが見られることを知っている人は多いが、シドニーにも棲んでいるのだというと、ほとんどの人から「え?本当ですか?」と驚かれる。
リトル・ペンギンの生息域はオーストラリア大陸南部とされているが、その北限は、シドニーから北へ約150kmのポート・スティーブンスの南辺りとなっている。つまり、シドニーはリトル・ペンギンの生息域内にあり、周辺の沿岸部で一番大きな営巣地があるのがシドニー湾なのだ。シーライフ・シドニー水族館の担当者は、「ここはオーストラリア本土にあるほぼ唯一の営巣地であり、たいへん貴重かつ(それを存続させる意味においても)重要なのです」と、力強く話してくれた。
“ペンギン優先対策”が実施されたシドニー五輪


2000年に開催されたシドニー五輪の際、シドニー湾に生息しているペンギン(写真はイメージ。※シドニーの動物園で撮影)が、ニュースで取り上げられたことがあった。その話題とは、開会式に合わせて通常より半月ほど早めに夏時間が導入されることから、フェリーの運航において“ペンギン優先対策”が実施されるというものだった。
開催期間の9月15日~10月1日は、南半球の春先であり、ちょうどペンギンの子育てシーズンに当たる(写真はリトル・ペンギンのひな。※シーライフ・シドニー水族館で2020年に撮影)。例外的に早く導入された夏時間によって、シドニー湾を航行するフェリーの始発が1時間早まり、親ペンギンたちが餌をとりに外洋へ出る時間と重なってしまったのだ。そこで、ペンギンの群れが航路を横断しているときは、フェリーを一旦停止して、ペンギンを優先するルールになったという。長年シドニーで暮らしていても、シドニー湾に野生のペンギンが生息していることは、このときまで全く知らなかったという人もいたようだ。
それでも減り続けてしまうペンギンを守るには?

シドニー湾のペンギン営巣地がある場所の詳細は、近隣住民を除き、一般にはあまり知らされていない。それは、興味本位で営巣地が荒らされることを防ぐためである。それでもなお、人間が意図せず持ち込んだ動物(その昔、入植者が狩りのために持ち込んで野生化したキツネや、野良猫、放し飼いされている犬や猫などのペット)に襲われるケースが後を絶たず、個体数は年々減り続けている。
国立公園野生生物局のレンジャーによると、2024-2025年の繁殖シーズンは、湾に生息しているペンギンの総個体数が過去最低を記録したという。また、人工光や音など、さまざまな要因で方向感覚を失い、営巣地に辿り着けなくなり、衰弱してしまう“はぐれペンギン”もいるそうだ。
私自身、野生動物保護のボランティア活動時に、営巣地から16kmほど離れた外洋に面したビーチで“はぐれペンギン”を救助したことがある(写真)。保護した後は、獣医のところに直行し、けがや骨折などがないかチェックしてもらったが、とくに異常は見つからなかったため、発見場所から一番近い動物園へと移され、最終的には野生へと戻された。
貴重なリトル・ペンギンの営巣地を含むシドニー湾沿いは、シドニー・ハーバー国立公園となっている。私たち人間の活動によって、野生の生き物たちの生息地を奪ってしまうことがないよう、また、シドニーの豊かな水辺の環境がいつまでも続くよう、細心の注意を払わなければならないことを、あらためて認識させてくれる取材となった。

