高千穂・阿蘇 清らかなる水と山と神話の路
旅行
2025/09/26
現在の阿蘇山が姿を現すはるか昔、およそ27万年前から9万年前にかけて、4度の大規模噴火によって形成された高千穂峡や、阿蘇カルデラなどの絶景を巡る旅。涼やかな水辺や草原が広がる伸びやかな風景に心いやされながら、でかけよう。

- 文/宮本喜代美 写真/山梨将典(冒頭写真)、松隈直樹

- 宮崎県 、 熊本県
阿蘇噴火がもたらした独特の峡谷美を望む

神々が天上界から地上に降り立った“天孫降臨”の地とされる神話のふるさと・高千穂。その高千穂を代表する景観が「高千穂峡」だ。阿蘇の大噴火で流れ出た火砕流が冷え固まり、川などの侵食によって現在のような深く険しい峡谷がつくられたという。貸しボートに乗り岩肌を見上げれば、自然の壮大な造形美に圧倒されるだろう。また、天村雲命(あめのむらくものみこと)が天上界から移した水種が水源と伝わる「真名井(まない)の滝」(写真/山梨勝弘)にも、ボートで間近に迫れる。
日本の原風景を思わせる景観をカートから堪能
高千穂峡の絶景をボートから楽しんだ後は、手打ちそばが評判の「そば処天庵」(写真)へ。高千穂峡のすぐそば、玉垂(たまだれ)の滝を水源とする清らかな水で打つそばはみずみずしく、するりとした喉越し(写真)。稀少な銘柄牛・高千穂牛も味わっておきたい一品だ。
続いて向かった「高千穂あまてらす鉄道」は、旧高千穂鉄道の廃線を惜しんだ有志らが運営。オープントップの特注車両、グランド・スーパーカートでは、かつて東洋一の眺望といわれた高千穂鉄橋からの絶景が望める(写真)。美しい棚田や山裾の民家など、日本の原風景のような景色をカート上から楽しみたい。
宿泊した「杜の宿 ホテル四季見」(写真)では、神々の里とも称される高千穂らしい町の気質なのだろうか、心のこもったもてなしが印象に残った。地域の伝統料理を取り入れた夕食を味わい、朝食時に披露された民謡に耳を傾ければ、高千穂に滞在していることをしみじみと実感できる(写真)。
翌朝は雲海の名所「国見ヶ丘」(写真)へ。神武天皇の孫・健磐龍命(たけいわたつのみこと)が九州統治の際に立ち寄ったとされる神話ゆかりの丘で、眼下に高千穂盆地が、遠くに阿蘇五岳や祖母連山などが広がる。健磐龍命はこの地から、民を豊かにするため阿蘇へ出立したという。私たちも阿蘇へ向かおう。
“水の生まれる郷”で名水グルメを味わう

阿蘇カルデラの南部に位置する南阿蘇村は、清らかな湧き水に恵まれた土地。環境庁(現・環境省)の「名水百選」にも選定された「白川水源」(写真/PIXTA)をはじめ多くの湧水地があり“水の生まれる郷”とも呼ばれる。飲み口が柔らかいと評判の湧き水を味わうため、高千穂から車で約45分の白川水源へと向かった。
白川水源は、阿蘇の山々に降り注いだ雨が、長い年月をかけて伏流水となって湧出しており、湧き水(写真)は自由に飲める。水汲み場(写真)に置かれたひしゃくを使って飲んでみると、口当たりの滑らかさとまろやかさに驚かされた。この美しい水源は、地域の人々の清掃や保全活動によって守られているという。その想いを感じつつ、ぜひ大切に味わいたい。
白川水源の水を使ったクラフトビールがあると聞き、水源の散策路入口にある「物産館 自然庵」に立ち寄った。クラフトビールやサワー(写真)は、白川水源水や名水が育んだ米、熊本県産の果物などを原料とし、2016年に発生した熊本地震からの復興の一助となれば、と考案されたもの。3本が入るギフト箱もあるので贈り物にも最適だ。さらにミネラルウォーターや豆腐、水まんじゅうなど名水を使ったみやげや、地元のお母さん手作りの漬物なども並ぶ。南阿蘇の恵みを持ち帰ろう。
南阿蘇村の隣、高森町にある「山見茶屋 高森本店」(写真)は、自然豊かな丘の上に立つ絶景自慢の食事処。店名のとおり、根子(ねこ)岳をはじめ阿蘇五岳の雄大な山々を眺めながら食事が楽しめる。「食は命の基」を信条に掲げる店主・堀 健祐さんが作る、熊本名物の馬肉やあか牛を使ったオリジナリティーあふれる料理が、訪れる人々を魅了する。看板メニューの「馬肉溶岩焼き」(写真)は、溶岩プレートでジュワッと焼いた馬肉と自家製の黄金のタレが相性抜群だ。食事と絶景で心やすらぐひとときを満喫しよう。
火山とともに生きる阿蘇特有の文化を知る
阿蘇観光のハイライトのひとつ、「阿蘇中岳火口」見学。中岳は、阿蘇カルデラ内にそびえる阿蘇五岳に名を連ねる山で、現在も活動を続ける活火山だ(写真)。巨大な噴火口からは絶えず白い噴煙が上がり、山が生きていることが伝わってくる。しかし活火山であるがゆえ、火山ガスの状況などにより見学できないこともある。
そんなときでも阿蘇の魅力を十分に楽しんでもらおうと作られたのが「阿蘇火山博物館」(写真)だ。館内では、火口縁に設置されたライブカメラの映像から、リアルタイムで火口底の様子や音が見聞きできる。また展示では、阿蘇の雄大な自然が火山活動によって生まれたこと、湧水や温泉などの水資源、あか牛や阿蘇高菜といった豊かな食文化も火山の恵みであることを、ジオラマや映像で紹介(写真)。火山とともに歩んできた人々の暮らしや信仰を深く理解でき、阿蘇への愛着が増していく。

阿蘇神話では、阿蘇開拓の神・健磐龍命が、巨大な湖だった阿蘇カルデラの外輪山を蹴破り水を抜き、肥沃な大地を拓いたという伝説が残る。人智を超えたスケールの大自然を前にしたとき、人は神の存在を見出すのかもしれない。標高約935メートルに位置する「大観峰」からの壮観な景色(写真/shutterstock)を眺めながら、そんな思いとともに旅を終えた。
※本記事は、『J-B Style25秋号』(P38~45)を転載しています。


