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クマとともに生きるカリフォルニアの人々

歴史

2025/09/19

『J-B Style2025 年秋号』の特集では、「ヨセミテ」の大自然を紹介しています。取材中、美しい滝やダイナミックな岩山をめざして歩いていると、よく目にするのが「クマに注意」の看板でした。カリフォルニア州旗にはクマが描かれていますが、そんなクマとカリフォルニアとの特別な関係と、ヨセミテ国立公園でのクマ対策啓発活動の様子をご紹介します。

ライター
取材・文・写真/小川佳世子
エリア
カリフォルニア州(アメリカ)

アメリカでは、キャンプ場やハイキングトレイルをはじめ、国立・州立の公園や森林など、クマが多く生息するエリアには必ずといっていいほど「注意」を喚起するパネルが設置されているが、それはこのヨセミテ国立公園においてもいえる。園内では「クマに注意」の看板がしばしば見かけられ、ときに物々しさを感じるほど。ダイナミックな地形と美しい景観に恵まれ、多様な動植物が生息する園内には、クマたちも暮らしているのだ。

かつてカリフォルニアを跋扈(ばっこ)した伝説のクマ、グリズリー

かつてのカリフォルニアには、カリフォルニア・グリズリー(カリフォルニア・ハイイログマ)という巨大なクマが生息していた(写真はイエローストーン国立公園に棲むグリズリー)。ヒグマの亜種で、体重はオスが約90~317kg、メスが約90~181kg、成獣の肩までの高さ(体高)は約0.9~1.5m。現在カリフォルニアに棲むアメリカン・ブラックベア(写真)のオスの平均が約158kg、メスが約68㎏であり、成獣の体高が約0.6~1mであることを考えると、その巨大さがわかる。カリフォルニア・グリズリーは凶暴な性格で、家畜を襲うこともあった。そのため19世紀半ばのゴールドラッシュにともなって移住してきた開拓民による乱獲が進み、1920年代初頭までには絶滅してしまう。いまはその姿を見ることが叶わない、伝説の存在になってしまったのだ。

カリフォルニア州旗に描かれたグリズリーの意味

カリフォルニア・グリズリーの強くて逞(たくま)しく美しい姿は、州の紋章や州旗に描かれている。この州旗(写真)の起源は、1846年までさかのぼる。当時のカリフォルニアはメキシコ合衆国の領土だったが、一部のアメリカ系入植者たちがメキシコからの分離とカリフォルニア共和国の建国を望んで決起。その際に掲げられたのが、カリフォルニア・グリズリーが描かれた旗だったのだ(ベア・フラッグ革命)。カリフォルニア共和国はアメリカ・メキシコ戦争の最中、わずか1ヵ月ほどで消滅してしまうが、後にアメリカ合衆国に併合されたため、この旗は1911年に州旗として引き継がれた。ここに描かれたカリフォルニア・グリズリーが、カリフォルニアがめざす力強さと自由へのスピリッツを表すものであったからだ。州旗はその後、1953年に最終的なデザインと色味に整えられたという。 

現在でも、州知事がカリフォルニア州をクマになぞらえて演説するなど、グリズリーはこの地の象徴だ。カリフォルニアの歴史と文化、精神性を表す存在として大切にされ、ここに暮らす人々の心に生き続けている。 

ヨセミテ国立公園で見たさまざまなクマ対策

いまカリフォルニア州に生息しているアメリカン・ブラックベアは、茶色や黒、ときに赤茶、金色などの体毛を持ち、樹木に登るのが得意で比較的穏やかな性格。州内の推定個体数は49,000~71,000頭 (California Department of Fish and Wildlife調べ。2025年)とされ、今日カリフォルニアに暮らす人々にとっては身近なクマだといえる。そしてヨセミテ国立公園内(写真)では、現在約300〜500頭のアメリカン・ブラックベアが確認されているという。 

クマが人に近づく要因のひとつが人間の食べ物だ。クマは嗅覚が鋭く、人間が持ち込んだ食ベ物の匂いを嗅ぎつけ、ときにはテントや車のなかにまで侵入してくる。 

そのためヨセミテ国立公園では、来園者たちに食べ物の管理方法についてことさら強く注意を促している。ヨセミテ渓谷内にあるウェルカムセンターの看板では、鹿やマウンテンライオン(ピューマ)、ヤマネコに比べ、ひときわ大きな文字で注意書きがあり(写真)、キャンパーが多いカリー・ビレッジの看板にも「クマ出没エリアにつき、食料の適切な保存方法が求められます」という文字とともに、決して食べ物をテント内や車内に放置せず、フードロッカーに保管することとし、これを破った場合は車両没収や罰金が科せられるむねが書かれている。罰金は最大で5,000ドルを科せられることもあるという。

来園者に注意を促す一方で、国立公園側でもクマ対策のためにさまざまな工夫を凝らしている。例えば公園内に設置されたクマを含む動物対策ゴミ箱(写真)は、蓋についている隙間に手のひらを差し込み、内部の掛け金を押さないと開閉できないような仕組みを採用。またキャンプ場では、各キャビン(テント)の外側に鍵付きのクマ対策フードロッカーを設置している(写真)。もしテント内に食べ物をうっかり残してしまうと、クマがテントに侵入してくる危険もありうる。そうしたクマとの遭遇リスクを減らすため、キャンパーが持ち込んだ食料は必ず屋外のフードロッカーで保管してもらい、人が寝る場所と食料置き場をしっかりと分けているのだ。

子どもたちのための啓発教育プログラム

安全にアウトドアを楽しむためには、人間側の啓発と教育も不可欠だ。ヨセミテ国立公園では、より多くの来園者が、園内の動植物やその保全と管理を理解し安全に行動できるよう、さまざまなプログラムを実施。クマの生態に関するトピックもそのひとつだ。ヨセミテ渓谷の中心地にあるウェルカムセンター前では、だれもが参加できるファミリー・レンジャー・トークが開催されている(冒頭写真)。15分間の子ども向けのプログラムだが、中身は充実していた。

クマとはどのような生き物なのか、そして運悪くクマに遭遇してしまったらどうしたらよいのかなどを、園内で採集されたクマの毛皮などを用いてレンジャーがわかりやすく解説(写真)。クマの頭骨や被毛を実際に目で見、手でふれることは、クマという生き物の実態を理解してもらうのに役立つそうで、子どもたちも積極的に被毛や爪にふれていた。

ピクニックエリアのテーブルに貼られたサインも啓発活動のひとつだ(写真)。テーブルの上で人間の食料を食べる子グマたちの写真に添えられた文章には、 “Is this what you want her to teach her cubs?”(意訳/「子グマが人間の食料を食べること」を母グマに教えさせてはいけません)」とあり、食べ物を放置してはいけないという強いメッセージが伝わってくる。

取材当日、実際にクマと遭遇!

その日の取材を終え、宿泊先に向かって日没後のヨセミテ渓谷内を車でゆっくりと移動していたときのことだ。薄暗い茂みのなかで黒い塊が動いているのが車窓越しに見えた。アメリカン・ブラックベアだ(写真)。こちらの存在に気付いているのか、もしくは気にも留めないのか。クマは辺りをぐるりと見渡すと、ゆっくりと深い森のなかに消えていった。わずか30秒ほどの出来事だったと思う。車道のすぐそばにはハイカーが利用するトレイルがあり、暗がりでもそこから十分にクマを視認できるほどの距離だ。緊張で思わず息をのんだ。ここはあくまで動物たちの聖域で、人間こそがそれを理解し、その聖域を侵すことのないように責任ある行動をとらねばならないのだと再認識した体験だった。 

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