「阿里山鉄道」に乗って 桜の名所へ
旅行
2025/04/18
台湾の阿里山鉄道は世界的な知名度を誇る山岳鉄道。インドのダージリン・ヒマラヤ鉄道、
ペルーのアンデス中央鉄道と並び、世界三大登山鉄道のひとつにも数えられる存在だ。
ノスタルジックな魅力あふれる阿里山鉄道で、桜の名所として知られる阿里山を訪ねる。

- 取材・文・写真/片倉佳史(台湾在住作家・武蔵野大学客員教授)

- 台湾
阿里山鉄道の起点となる北回帰線が通る町、嘉義へ

「阿里山森林鐵路」(以下、阿里山(ありさん)鉄道)は世界から注目される山岳鉄道。度重なる豪雨災害により、部分運休が続いていたが、2024年7月、約15年ぶりに全線開通を果たした。阿里山は花の名所でもあり、毎年3月下旬にはソメイヨシノが楽しめる行楽地でもある(冒頭写真)。
満開の桜を楽しむべく、台北から列車で嘉義(かぎ/写真)に向かった。ここは阿里山旅行の出発地で、人口は26万人程。台湾の都市は人口密度が高く、家屋が隙間なく並んでいるが、嘉義は古くから商業都市として発展し、都市計画に従って整備されたため、町は整然としていて、路地の隅々まで活気に満ちている。

まずは阿里山鉄道の「嘉義車庫園區(かぎしゃこえんく)」(写真)を訪ねてみた。ここは検車区でもあり、現役の車庫でありながらも、自由に見学ができる。静態保存された蒸気機関車やディーゼルカーが展示され、車庫入れの作業や点検の様子を眺めることもできる。敷地は広く、夕刻を迎えると、散策を楽しむ人々も増えてくる。
また、近くには日本統治時代に建てられた木造家屋が並ぶ「檜意森活村(ヒノキヴィレッジ)」もある。もともとは林業関係者が暮らした官舎群で、現在はリノベーションのうえ、行楽施設となっている。

その後は文化路の夜市(よいち)(ナイトマーケット)へ(写真)。どの店も個性を競っており、台湾の屋台料理はもちろん、日本由来のおでんやたこ焼きなどもある。豊富なフルーツを使ったジュース屋台などもあるので、そぞろ歩きを楽しんだ。
嘉儀駅からいよいよ出発 刻々と変わりゆく景色


嘉義車站(以下、駅)の駅舎は重厚な風格をまとっている。列車は構内の片隅から出発する。阿里山鉄道のレールの幅(軌間)は762ミリメートルで、「ナローゲージ」と呼ばれる。車両(写真)も小さくて、高さは2メートルあまり。片側1席+2席の座席配置で、1両あたりの定員は多くても25名である。
列車は右手にカーブを描き、軒先をかすめるように進んでいく。家並みが途切れると、前日に訪れた車庫の脇を走る。最初の停車駅は北門(ほくもん)駅だ。ここから竹崎(たけざき)駅まではのどかな田園風景が続き、バナナ畑とパイナップル畑が車窓の友となる。
竹崎駅は日本統治時代の木造駅舎が現役(写真)だ。本格的な山岳路線となるのはこの先で、緑が徐々に深くなっていく。ここから終点まで、駅以外は平坦な場所がなく、上り勾配が連続する。

樟脳寮(しょうのうりょう)駅では数名のハイカーたちが降りていった(写真)。乗客の全員が阿里山駅まで行くものと思っていたので、やや意外だったが、商店などもあるので、それなりに利用客はいるようだ。


この先には、阿里山鉄道の存在を有名にした「獨立山(どくりつさん)スパイラル」がある。螺旋(らせん)を描くように山を登っていくもので、前後で約200メートルの高低差がある。敷設時にはこの辺りが最大の難工事区間だったという。
獨立山駅を出ると、熱帯林と温帯林の境界を示す標識が見える。ここがちょうど標高800メートル地点。この辺りから、森の合間に茶畑が見え始めた。
森を抜けると、列車は奮起湖駅に到着。日本統治時代からの拠点駅だ。お弁当(写真)が有名で、おかずが絶品揃いと評判だ。
屏遮那(へいしゃな)駅を過ぎると、列車はいったん止まって進行方向を変えた。急勾配を緩和するために設けられた、いわゆる「スイッチバック」である。阿里山鉄道はこの方向転換を2度繰り返すため、「Z」の字を描くように列車が進む。
二萬平(にまんだいら)駅から先は杉林が広がる。標高2138メートルの神木(しんぼく)駅でもスイッチバックで進行方向を変え、列車は最後の急勾配区間に入った。視界が開けると、いよいよ阿里山駅(写真)に到着だ。
ソメイヨシノが開花を迎えた 阿里山鉄道の支線へ

豊かな森林源をもつ阿里山(写真)は、自然生態系の研究と環境保護活動が熱心に行われているエリアでもある。遊歩道のデザインも景観を意識しており心地よい。ところどころにある植物の生態を解説した案内板を読みながら、たっぷりと森林浴が楽しめる。
阿里山は桜の名所としても知られている。台湾の山岳部では多様な桜が楽しめ、阿里山森林遊楽区だけでも約3千本が植えられている。1月下旬から山桜や寒緋桜(かんひざくら)が咲き、八重桜や大島桜、昭和桜などがこれに続く。ただし、ソメイヨシノは開花時期が3月中旬からと遅く、地域も限られる。ここ阿里山以外では、北部の陽明山(ようめいさん)などで見ることができる。
ソメイヨシノの多くは日本統治時代に持ち込まれ、樹齢80年を超えるものが大半を占める。花の勢いは衰えているものの、桜を愛する人は少なくない。そのため3月下旬の阿里山には多数の花見客が訪れる(写真)。
深い緑と青い空、そこに桜が絡んだ様子は何ともいえない美しさで、訪れた誰をも魅了する。花見のシーズンは短く、タイミングを計るのは難しいが、台湾観光庁*がホームページで情報を発信予定だ。
*台湾観光庁公式ホームページ https://go-taiwan.net/ikutabi/
暗闇のなかを走る列車で 霊峰とご来光を拝みに


阿里山に到着した後は森林遊楽区内の散策を楽しみ、早めにホテルに入るのが定番だ。
これは翌日早朝の列車で祝山(いわいやま)を訪れ、ご来光を観賞するためだ。列車は宿泊客の人数に合わせて本数が決まり、早朝のみの不定期運行。時刻は前日に駅で確認できるほか、各ホテルでも情報を得られる。
この日の宿は「阿里山賓館」(写真)。台湾を代表するマウンテンリゾートで、多くの賓客を受け入れてきたホテルである。高地だけに、部屋(写真)に暖房を完備している。ご来光観賞に備え早めに休みたいところだが、その前に星空観察に出てみた。阿里山賓館は屋上を開放しており、自由に出入りができる。とても寒かったが満天の星は息をのむ美しさだった。温度計を見ると、気温は5度を切っていたので、早めに部屋に戻った。

ご来光の観賞スポットまでは阿里山鉄道の祝山支線を利用する。阿里山駅と祝山駅(写真)を結び、全長は6・25キロメートル程。所要時間は約25分だが、標高差は235メートルにもなり、ほぼ全区間が上り勾配だ。
この路線はご来光観賞を目的とした行楽客のために設けられ、1986年1月13日に開業した。日の出前ということもあり、列車は暗闇のなかを進む。カーブも多く、お世辞にも乗り心地がいいとはいえないが、車内はご来光観賞への期待に胸を膨らませた人々でにぎわっている。
終点の祝山駅で列車を降り、階段を上ると正面に祝山の展望台がある。その少し先へ進むと「小笠原山觀景台」に到着する。深い谷間を隔てて見えるのは台湾最高峰の玉山(ぎょくざん)(3952メートル)と、それに連なる雄峰たちだ。早朝は夏場でも肌寒く、冬場には気温が0度近くに下がるという。
香り高き銘茶に宿る 阿里山鉄道・旅の記憶

今回は祝山駅から南に進んだ小笠原山觀景台で日の出を迎えることにした。ここは小笠原山(2488メートル)の山頂に位置し、360度の眺望が楽しめる。祝山と同様、眼前には玉山山脈の山並みが広がっている。
展望台までは祝山駅から徒歩15分程。標高が高いだけに空気が薄く、息切れは避けられない。深呼吸を繰り返しながら、ゆっくりと歩を進めていく。
空が徐々に淡いオレンジ色に染まり始める。その様子を眺めていると、「この時期は玉山の脇から太陽が昇りますよ」と声をかけられた。声の主は劉 淑惠(りゅうよしえ)さん。日本で暮らした経験を生かし、毎朝、流暢な日本語でボランティアガイドをしているのだとか。
山稜の色あいが変わり、神々しい太陽が顔を出す(写真)。その瞬間に歓声があがるが、その光景に圧倒されるのか、すぐに沈黙へと変わる。そして、心ゆくまでご来光を楽しんで、それぞれが帰途に就く。
祝山駅に戻る途上には「茶田35號」という喫茶店があり、ここの前庭ではミカドキジ(帝雉)に出合える。台湾の山岳地帯にのみ生息し、オスは鮮やかな青紫色をしている。日光を浴びると羽毛が輝き、見事な美しさだ。


嘉義に戻る前、「雲山茶葉工作坊」で茶葉(写真)を購入した。阿里山は台湾茶の産地としても知られており、標高の高い地域で栽培(写真)されることから、「高山茶」と呼ばれる。低発酵の茶葉で香りがよく、高い人気を誇るが、最近は発酵度を高めた阿里山紅茶も好評だという。
台湾が誇る一大景勝地、阿里山。桜の季節は短いが、台湾の山に咲く花々は、とりわけ人を惹きつける。帰国後は台湾茶とともに、その眺めを思い出したい。
※本記事は、『J-B Style25春号』(P32~43)を転載しています。


