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阿里山鉄道のスター機関車、「シェイ」とは?

旅行

2025/02/21

『J-B Style 2025年春号』では「『阿里山鉄道』に乗って 桜の名所へ」と題し、世界三大登山鉄道のひとつで歴史ある阿里山鉄道の旅と、ソメイヨシノが開花を迎える阿里山の魅力を特集しています。阿里山鉄道の開業時を支え、長く活躍してきた蒸気機関車の「シェイ」をご紹介します。

ライター
取材・文・写真/片倉佳史(台湾在住作家・武蔵野大学客員教授)
エリア
台湾

阿里山鉄道は、台湾南西部の都市・嘉義(かぎ)から阿里山までの約72.5kmを結ぶ鉄道。森林資源を運ぶ鉄道として開通してから110年余りという歴史ある路線だ。最高勾配は66.7パーミル。つまり、水平距離1km当たりの高低差が約60mもあるという世界有数の険しさを誇る登山鉄道である。この行程を進む列車は、阿里山までを約4時間で走破する。
その阿里山鉄道のシンボルとされている蒸気機関車が、「シェイ」と呼ばれるシェイ式蒸気機関車だ(冒頭写真)。アメリカのライマ・ロコモティブ・ワークス社(以下、ライマ社)製で、小さいながらも急勾配をものともせずに力強い走りを見せてきた。

世界の鉄道ファンを魅了する蒸気機関車の躍動感

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阿里山鉄道で木材を運ぶ主動力として大いに活躍したシェイは、アメリカの発明家であるエフライム・シェイによって考案された。山岳路線用の歯車式蒸気機関車(シェイ・ギアード機関車)で、1881年には特許を取得している。

阿里山鉄道が走る山中は曲線と勾配が連続し、トンネルも多い。そのため「ナローゲージ」と呼ばれる特殊狭軌(きょうき)で762mmと非常に狭い線路幅となっている(新幹線などの国際標準軌1435mmと比べて約半分の幅)。この狭く険しい線路を進む動力として脚光を浴びたのが、小回りが利き、全輪駆動でパワフルに走る蒸気機関車のシェイだった。動態保存されているシェイの31号機関車は現在、年に2回だけ特別列車として阿里山地区を実走する(写真)。その雄姿は、いまなお世界の鉄道ファンを魅了し続けている。

阿里山鉄道とシェイを引き合わせた二宮技師

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阿里山鉄道は、日本統治時代に阿里山の豊富な森林資源を輸送する目的で1906年から建設が始まった。そのころ発行された『台湾鉄道旅行案内』には阿里山鉄道の路線概念図(写真)が掲載されており、当時の様子を知ることができる。

ここにシェイを導入したのは、二宮英雄という技師だった。1902年に東京帝国大学土木工科を卒業後、農商務省山林技師となり、森林鉄道建設で中心的役割を担った人物だ。二宮技師は1911年に台湾へ赴き、阿里山鉄道の工事に携わった。
当時、日本の鉄道はまだ黎明期であったため、工事は手探り状態。そんななか、二宮技師は渡米し、ライマ社製のパワフルな歯車式蒸気機関車に目を付けたのだった。

シェイには18トン級(2シリンダー)と28トン級(3シリンダー)のふたつのタイプがあった。前者は嘉義付近の平坦区間と阿里山地区の支線用で、8両が在籍。後者は阿里山鉄道本線の主力機で12両が在籍した。この蒸気機関車の導入により、木材の運搬効率が飛躍的に上がったことはいうまでもない。
阿里山鉄道が実際に木材の運搬を始めたのは19132月から。当時の様子は『台湾写真帖』で見ることができる(写真・冨永 勝氏所蔵)。

しかし、二宮は19121月、工事中に事故に遭い、シェイの実際の走行(写真/『日本地理風俗大系』より)を見ることなく帰らぬ人となってしまう。二宮が阿里山鉄道に関わったのはわずか10ヵ月ほどだったが、その功績は大きく、二萬平(にまんだいら)駅の近くには彼の偉業をたたえた石碑(写真)が建てられ、現在は史跡として扱われている。

走り続けるレジェンドは、歴史を物語る証言者

時は経ち、いま阿里山鉄道を走っているのは蒸気機関車から世代交代したディーゼル機関車だ。シェイの製造元であるライマ社も操業を止めて久しい。
そうした時代の流れのなかで、シェイの文化的価値が評価されたのは1990年代後半のことだった。当時の台湾は急速に民主化が進み、これに呼応するように郷土の文化を見つめ直す動きが盛んになっていたころ。台湾経済の発展を支えてきた鉄道も注目を集めるようになり、シェイの存在が再評価されたのだった。

現在では阿里山鉄道の歴史を語るうえで欠かすことのできない重要な歴史遺産として、鉄道ファンのみならず、台湾の多くの人々にも愛されている。 

シェイは台湾各地に16両が保存されている。そして阿里山鉄道にある、26号機と31号機(写真)は動態保存車となっており、とくに31号機は12月や春先に特別列車として、その雄姿が披露される。蒸気機関車がけん引するのはノスタルジックで趣深い総檜造りの客車だ(写真)。

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近年もシェイの人気は高く、特別列車の乗車券は発売されるや否や完売。走行日にはその雄姿をカメラに収めようと多くの人が詰めかける。ダイキャストモデル(写真)やグッズ(写真)もたいへん人気があり、発売されるたびに購入する鉄道ファンも少なくない。

このように人々に愛されているシェイだが、ここでもうひとつの楽しみ方をお伝えしたい。シェイの魅力は、その風貌のみにとどまらない。実は走行音でも独特なものを誇っているのだ。ドラフト音やジョイント音はいうにおよばず、甲高い汽笛やシャフトが揺れ動く音なども、なかなか聞くことができない貴重な音である。シェイの雄姿を見に行く際にはぜひ、その走りっぷりに加えて、音にも耳を傾けてみてほしい。

 

(*物件紹介)
「阿里山森林鐡路(阿里山鉄道)」アーリーサンセンリンティエルー

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